東日本大震災から8年。自分なりにこの8年を振り返って。

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2011年3月11日(金)14時46分18秒

東日本大震災が発生!その後に起きた大津波によって、2万人以上の死者・行方不明者が・・・。


この日は、上の娘の中学校の卒業式で、娘が同級生となかなか別れられず、学校を出たのが15時前。

お腹が空いたのでラーメンでも食べに行こうと、その道中での大津波警報。

なんのこっちゃ?

ラーメン屋に到着してラーメンを食べていたら、お店に設置してあるテレビから津波に襲われるすさまじい光景が映し出されていて、その時に初めて東日本大震災が起きていることを知った。





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それから1カ月くらい経った日のこと

地元の町おこしのメンバーが集まって会議をしているときに、「何かしたいよね~。」とみんな口々に言う。

ただ俺的には、今までやってきた町おこしのイベントからすると、あまりにも大きすぎてどうしていいかわからない・・・。

するとメンバーの1人が、日赤に支援物資やお金を送ってもどうなるかわからんから、直接応援しよう!という話しになった。

その数日後メンバーの1人が、宮城県石巻市に「小竹浜」という地名の所があるので、俺たちが住んでいる小竹町つながりで、小竹浜を応援しよう!ということで話しがまとまった。






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正直俺は、募金箱に5,000円をそっと入れて、俺の中での東日本大震災については完結していた。

なので、小竹浜を応援しようというメンバーからは、気持ちが離れていった。

そういった矢先、メンバーの2人がゴールデンウィークに小竹浜に支援物資を積んでいくと言う。

これは手ぶらでは行かせられない!

そういうことなら、加勢ができるということで、知り合いに声をかけ支援物資を寄付してもらった。

そして、メンバーの2人は、支援物資を積んだ車で27時間かけて小竹浜へ!

帰ってからのメンバーからの報告を聞いて、心が突き動かされた。

報告介護、何とか小竹浜に復興してもらおう!ということで、フリーマーケットを開催しその収益金で小竹浜にお金を送ろうということに。

7月の2日間フリマを開催し、その収益金で小竹浜にお金を送った。

フリーマーケットは、この後4回続くことになる。

メンバーでなんとかしたいね~と言って結成された会の名称は、最初「悶々の会」と名付けられていたけど、「小竹浜に笑顔を贈る会」と正式に名称が決まった。






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フリマが終わった10か月後の2012年のゴールデンウィークに、小竹浜に行こうという話しがまとまり、俺を含む5人のメンバーで小竹浜に行くことに。

運転を交代しながら、27時間かけて東北へ!

小竹浜の方と連絡を取り、夕方にちょっとした懇親会を催すことになっていた。

ちょっと時間があったので、南三陸町を訪れたり、石巻市内を巡った。

その時に見た光景は、想像を絶するものだった!

震災後1年が経っているのに、未だに瓦礫があちこちに積み上げられていて、建物の基礎が残っている家屋が沢山・・・。

初っ端に行ったメンバーが、1年前はこうだった、あ~だったと解説してくれたけど、その時はまだ凄かったんだろうな~と思うと・・・。






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そういった思いを引きずったまま、小竹浜入り。

みなさんは、温かく迎え入れてくれた。

食材を福岡から持って行き、足りない分は近くのイオンで買って鍋を2つ作って小竹浜の方たちと懇親会を開いた。

そのままコミセンに泊まらせていただいた。

小竹浜には、3日間滞在させていただいて、コミセンの補修工事や、体育館の備蓄庫を作ったりさせていただいた。






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それから1年後の2013年、再び小竹浜へ!

再び懇親会を催し、小竹浜の方々と交流をする。

昨年は、お風呂をよばれたりするのはいけないという思いだったけど、今回は小竹浜の方々の厚意に甘えお風呂に入らせていただいた。

懇親会の時に、小竹浜出身の金星さん、鈴木さんが帰郷され、初めてお会いし杯を酌み交わす。

宴は、夜中まで続いた。

今回の小竹浜の滞在では、去年小竹町の木のキンモクセイを持って行き植樹していたけど、その植え替え作業などをした。






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それから2年後の2015年の夏に、小竹浜を再び訪問する。

前回小竹浜を訪れてからも、小竹浜の方々との交流は続いていた。

今回の訪問の際に、これまでと同様にコミセンに宿泊させていただくことを提案したら、「大恩ある小竹町の人たちをコミセンなんかに泊めれません!」ときっぱり断られ、旅館を予約していただいた・・・。

旅館での温かいおもてなしの懇親会を開いてくださり、逆に感謝m(__)m






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今回の小竹浜訪問は、懇親の他にもう1つ目的があった。

小竹浜のみなさんを小竹町のお祭りに合わせて、小竹町に来ていただくこと!

その打ち合わせを兼ねての訪問だった。

そして、11月に小竹町に訪問された。

その前夜は、メンバーや今まで支えてくれた地域の人たちで盛大な懇親会を開いた!

最後は、全員で炭坑節をで〆た。






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次の日は、小竹町ふれあいまつりに参加していただいた。

小竹浜の方々は、石巻の郷土料理の「おくずかけ汁」を作られ、小竹町の方々へ恩返しがしたいと、お祭りに来場されていた小竹町民におくずかけ汁を振舞われた。

その後、壇上に上がっていただき、小竹町民へごあいさついただいた後みんなで「花が咲く」を合唱した!






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翌朝、小竹町役場を訪れられ、小竹町長とお会いされた。

そして、雄勝石で作成されたレリーフを小竹町長に寄贈された。

そして、小竹浜へ帰って行かれた。






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それから2年後の2017年の夏、再び小竹浜を訪れる。

今回は、2年がかりで積み立てをして、前々から行こうと思っていけなかったメンバーも一緒に行く^^

今回は、無理を言ってコミセンに再び泊めてもらった。

そして、福岡から持っていた食材で鍋を作り、懇親会を開く。

今まで小竹浜を訪れていて回数を重ねるごとに思うのが、小竹浜の方々の表情と話しの内容だ!

最初小竹浜を訪れた時は、そこまで心の内をあまり話されなかったけど、回数を重ねるたびに話しの内容が震災当時の話しや笑ってお話をしてくれることが多くなった!

これは、俺たちに心を開いていってくれたと思ってるけど、それと同時に少しずつではあるけど、普段を取り戻してるんだな~って思う。






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小竹浜も少しずつではあるけど、復興しつつある。

仮設住宅で暮らしていた人たちが、復興住宅が建ち今ではそこで暮らしを始められている。

小竹浜のメインストリートでは、暗渠工事が行われたりしている。

また聞いた話によると、今まで俺たちが小竹浜を訪れた時に寝泊まりさせていただいていたコミセンと体育館が解体され、新しくコミセンが建てられるとのことだそうだ。

小竹浜では復興に向けて少しずつ進んでいっているけど、東北全体を見るとまだまだかな?と思う。






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これからも、小竹浜の方々との交流は続いて行く♪

忘れちゃいけないのが、俺たちが小竹浜を訪れた時に、いつも俺たちのお世話をしてくれた小竹浜の女性部の方々!

本当に感謝m(__)m

この前も、九州地方で地震が発生した時に、心配で電話をかけてきてくれたm(__)m

小竹浜の方々とは、心の根っこの部分で繋がってるから、昔からの知り合いのような気がしてならないし。

そして、もう1人忘れちゃいけないのが、小竹浜を訪問するたびにアテンド役をかってくれている髙橋さんだ!

髙橋さんは、いつもは口数が少ないが熱い心の持ち主で、熱烈なベガルタ仙台ファン!

地元の楽天よりもホークスの方が好きだというお方だ!

また、関東に住んでいる金星さん、鈴木さんとも東京を訪れた時に一緒に飲んだりしている♪

前回小竹浜を訪れてはや2年になろうとしている。

今年は訪れたいな~って思ってたけど、今年はちょっと無理っぽいw

また、ただいま~!って言って、小竹浜を訪れた時に言いたいものだ!!





長文にお付き合いくださりありがとうございましたm(__)m







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